Sドナ

10年前入院することになったとき

G色夏生のSドナの本を病院に持ち込んだ

入院中のお楽しみに

あの時から本格的に

Sピリチュアルへの探求がスタートした

死を意識した時、初めて自分の気持ちを確認できた


死への恐怖よりMのために生きなければならない

まだ死ぬことはできないと強く思った

少なくとも10年は頑張ろうと思った

あれから10年が過ぎた

もし、あの時病気にならなかったら

意外なほど

ポジティブシンキングな私に出会えずにいただろう

ハードルのいくつかは

跳ぶことができないままだったろ


昨年9月、10年目の卒検、還暦祝いなど節目で

Sドナに行くつもりだったけど

色々あって、行きそびれてしまった

もう、セドナに行かなくてもいいかなと思ったし

いつものように、まあいつか行くからと今でなくてもいいやと

やり過ごしてしまっただろう

スピリチュアルな学びの中で、まず手放せたのはお金を

使うことの罪悪感だ

ましてや、Mの大学在学中に

今年家族で行くことを決行するなんて

これまでだったら絶対にしなかったことだろう

それでも行くと決めたのは直感

コロナやら仕事の繁忙期で行くことを邪魔する波もあったけど

この時を選んで行くべくして行ったのだと思う

絶妙なタイミングだった

私だけではなく夫やMが行くことにも意味があったと思う


憧れのSドナに

大自然のグランドサークル

飛行機に何十時間も乗って着いた先のラスベガスとの対比

人間の欲望と大自然

セドナでの短会時間に飽和状態になって

おみやげ屋さんで貴重な時間を費やす私に

Mオが一喝した

Sドナに何しに来たのと。。。

静かなところで過ごしたりするべきではないかと

Mオは不思議な夢を見たという

この世は幻想だと

夢から醒めてまた夢、玉ねぎのように何回剥いても芯がない

多分、彼女は何かに目覚めのだろう


せっかく遠くまで行ったのに家族の不協和音もあった

それも後から考えれば気づきだったと思う

困難な状況に自分がどう向き合うか。。。

最後の日、タクシーの運転手が

教えてくれたフリーモントストリートになんとなく導かれて

一人のストリートマジシャンに出会った

そこで見た奇跡のようなマジック


彼は私になんどもスマイルのジェスチャーをして見せた

笑え、イエスと言え、ノーと言えと

多分、私のハイアーセルフが言わせたのだ

それは5島先生のリーディングにも共通する

念じろと、声を上げろと

なんとなく不完全燃焼な気分の帰りの飛行機の中で

観た映画のセリフに答えを見つけた

行きたいところへ行くのが旅行

ここではないどこかに行くのが旅だと

そうか

セドナは私にとって究極の旅行であって旅だった

それを確認するため

答え合わせするため

もう私にはここではないどこかを探す必要はないと

ここが全てなのだと

知るために行ったのだった


ありがとうございます

いい人間になります

もう私の役割が始っている

起こることは全ては良きことだ

楽しみましょう

味わっていきましょう




りんく's 覚書

自由に快活に生きるための覚書。

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